第50章 ひし形理論 中心性と格位性

 

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中心性とは、個人で言えば、堕落していない本来の父母、または神の愛、真実なる愛、神の心情と一つになっていくことです。

ここで注意していただきたいのは家庭で言えば親ですが、親の心情と一つに成っていくことが、成人するまでの大きな目的の一つになってくるのです。

しかし、2歳~4歳の子どもにこの様な事を要求しているわけではないのです。

最終的には、親の心情というものを中心として、神の愛である神の心情と一つになっていくのです。

まず親の心情を理解する事が求められるのです。

親の心情を理解する事とは、神の心情を理解する事に通じます。

神の心情を理解するためには、親の心情を理解する事が求められます。

親の心情を理解出来なければ、神の心情を理解する事は出来ません。

これが真理であり、宇宙の原理なのです。

中心と一つになったら、次に主体と対象という格位性(秩序)を完成させます。

個人でいえば、心と体というものがありますが、心が主体で体が対象という事なのです。

心が求めるものというのは、価値を求めるのです。

体とは価値を求めるというよりも、衣・食・住・性という物質に関わる、肉的なものや人間の本能に関わる事です。

肉体は本能や生存に関わる様なものを維持し、それらを追究する様になっているのです。

しかし、人間の本心とは、それらよりさらに本質的なものを追及して行こうとしているわけです。

心が主体であり、体は対象であるわけです。

ですから体というのは、本来、心の命令に従い、心が追究するものを実現化して行かなければならないのです。

中心と一つになった心である主体は、ある意味中心性の代理としての存在なのです。

そして体である対象とは、その主体に対して忠実に従い、互いに回転しなければならない存在なのです。

それが成されることで秩序を保ち、合成体という和を生み、理想形のひし形になります。

つまりそれが人間が生きる本当の目的ということなのです。

しかし、人間の今の状態は体が主体になり、心は体の欲求を満足させる事に重点を置いています。

これが人間の病気を作り出している原因の一つとなります。

 

 

 

 

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