第47章 ひし形理論 秩序なき世界もひし形の未完成にある

 

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社会においても、家庭においても、あらゆる面における秩序という問題を失っている根拠というのは、この関係がはっきりしていないという事なのです。

格位という言葉でも表現できますが、それをもう一度明確に再認識する必要があるのです。

例えば学校教育と言う観点で見た時に、先生と生徒、先生は【主体】であり、生徒は【対象】であるというのは当然なのですが、この関係が崩れているわけです。

これは家庭においてもそうです。

あるべき姿とは【 対象 】【 主体 】を立てる為に存在があのですが、この言葉通り解釈すると【 対象 】が損をしているような感じになるかと思うのです。

しかし、そうではなくて、根底には【 主体 】【 対象 】に対する愛情、思いやりというものが完璧にあって、それが土台になる事により、成立ができる関係になります。

俺は【 主体 】なんだと、傲慢で愛も思いやりも無い【 主体 】であったとしたら、そこに【 主体 】と【 対象 】の円満な関係はあり得ません。

図の様に、物事の全ての完全なる中心がひし形の頂点であり、ここの言葉を置き変えれば神、愛、あるいは物事の目的という表現になります。

全ての【 中心 】である・愛・目的 】この様なものとまず完全に一つになった存在が、【 主体 】として立つことが出来るのです。

そしてその【 主体 】を中心に、【 主体 】を【 主体 】として、【 対象 】がそれに従って行く、ということです。

そのような関係が築かれて行く事が本当の秩序であり、正しい家庭の在り方であり、これは国という形で見てもまったく同じ事が言えます。

政府は国民に対して、親の立場になるわけです。

国民は政府から見たら一人一人の子供に当り、伴侶として見ても良いのです。

ですから政府とは国民一人一人の命、その生活、全てに対して、責任を持ち関心を持つ事は、正しい【 主体 】の立場になってくるわけです。

その土台があって初めて、国民も政府を支えて行く様になってくるのです。

ここにおいてさらに発展して行くと、【 対象 】も成長する事により、【 主体 】が頼りなくてもそれを支えて行く事で【 主体 】が【 主体 】として立つことができるのです。

本当に何度も何度も説明しますが、この4つの位置関係とは非常に深い内容がまだまだあるのです。

 

秩序

 

 

 

 

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