第27章 一つしかない原理

 

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政治経済から育児・結婚・医療等を例に挙げて述べて記述してきましたが、このようなものが全て矛盾なく語られるシステム、或いは在り方でなければならないのです。

それは歴史の問題に関してもそうなのです。

そして宗教の問題、ユダヤ・キリスト・イスラム・仏教等、色々なものが誕生して様々な教えをしていますが、同じような理論の説明の中で何故、宗教が誕生しているのか?

それは歴史観の中で、同じ原理原則から説明が出来るわけです。

竹内文書、新約聖書、旧約聖書、古事記、或いは世界各国にあらゆる神話があるわけですが、それらの中から竹内文書を例に挙げれば、もし竹内文書で全てを説明できる事が可能であるとするならば、それは素晴らしい書物、或いは理論であるという事が証明出来るのです。

ですが、竹内文書というのは全ての理論に対して一貫した事を説明できる内容ではないのです。

勿論それは古事記においてもそうですし、日本書紀と言った観点から見てもそうなのです。

例えば気功であるとかレイキであるとか、そのようものも宇宙の原理原則から導き出されてきて、宇宙の原理原則の中から説明が出来るわけです。

又、政治・経済から家庭に至るまで全てのものを等しく説明する事ができるのです。

ご理解頂けますでしょうか?

先ず、何が最も重要なのか?

ひし形理論が皆さんに伝えようとしているのは、何であるのか?

それは全ての原因です。

それは全ての原因を明確にすると言う事なのです。

明確になったその中で人間というものから政治経済、育児、教育、家庭まで単純な原理原則から全てを正しく理解する事が出来るのです。

私達の実生活の中では、様々な問題が起こり、実際にそれらを解決しようとされるわけです。

その問題から脱出しようと、情報が溢れる今の時代において様々な情報を手探りで探されているかと思います。

しかしながら“原因”としての“存在”を“明確”に語っている“理論”を、まずは自分の中で“本当に理解出来るまでしっかりと身に付けて行く必要がある”のです。

そしてその中から導き出されている自分とは如何なる存在なのか?私というのは何なのか?人間とは何なのか?これは全ての土台です。

ですからその事をしっかりと理解した上で、色々な問題を解決して行くための情報を収集したりする必要があるという事です。

例えば、アインシュタインであるとか、ニュートンであるとか、その様な人達でさえも根本が間違った理論を展開しているだけなのです。

一般基準の知識という意味においては、アインシュタインと同等位の知識を持つと世間では天才と呼ばれる様ですが、知識が沢山豊富にあったとしても、根本になる原因、根本になる原理原則が間違っていれば、最終的にどれだけ知識があっても結果的に本当の意味で正しい結論は導き出せないという事を理解して頂きたいと思います。

 

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