第24章 資本主義経済が生み出した功罪

 

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世界の問題、国の問題、政治経済の問題、それは自分が自分として人間が人間として生きていく上において、決して遠い存在ではなく、自分の生活とも非常に密着した存在であるのです。

これは正確な観点から言ったらそうなりますが、只、日々の生活の中で意識してなくてもそれなりに生きていく事はできるという見方もあるわけです。

このようなものを見て行くときに必要な観点とは何か?そしてひし形理論とは何を言おうとしているのか?皆さんに何を伝えたいと思っているのか?今の時代はインターネットで様々な情報が得られる時代です。

しかし、それは本当に自分にとって必要なものなのか?

様々な情報に対して、どのような観点で見つめて行くべきか?

まず、その事を深く理解して頂きたいのです。

 

今、この“私”の生活というのは、資本主義経済の中にあります。

やはり収入を得て、その収入を土台として日々の生活が成り立っていくと、誰もが実感する事だと思います。

例えば様々な情報を見ていく観点ですが、政治の問題、経済の問題に関しては、人類の長い歴史の中で色々な理論、学問と言うものが、登場してきたのです。

ですが人類のこの長い歴史の中、未だかつて一度たりとも理想の政治、理想の経済、全てにおいて矛盾の無いあり方、その様な提示をした実績がないのです。

これは教育という問題についてもそうなのです。

国によっても様々な教育の在り方があるのです。

これは育児の問題についても言える事ですが、子どもをどの様に育てて行く事が適切なのか、その様な事も未だに議論されている状態にあるのです。

「これが正しい」「あれが正しい」そんな中、更に新しい議論が出てきているのが現実ですし、倫理・道徳の問題についてもそうなのです。

人間がどう生きるか、人間関係を如何に作って行くべきか、その様に実生活に密着した事に対しても色々な内容が出てくるのです。

結婚もその一つですが、完璧なものが無いという事、「これで間違いないんだ」と、その様なものがこの“私”を取り巻く環境のシステムにはありません。

言葉を変えれば絶対的に良いと断定出来るものが、皆無だと言う事なのです。

そこで問題なのが、「その絶対的なものが必要なのか?必要でないのか?」という事ですが、例えば税の問題にしても政権が代る事で増税になり、色々な政策が変わります。

それが良い事なのか?或いはデフレやインフレ、特に今の資本主義というこの競争原理における競争社会の中、貧富の差が増々大きくなり、格差社会という重大な問題が現実的にあるのです。

これが今の経済の在り方、実態です。

 

 

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