第13章 縦の愛を知ると神に通ずる

 

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この世の全てのものはどんなものであっても必ず2性から成り立っていて、その2性が一つの統一体として初めて一個の存在となります。

人間には霊体があり、そこに心情(魂)の世界が合わさり霊人となります。
人間の成長とは、肉体の成長と霊体の成長だけでは不十分なのです。
人間には、肉の心と霊の心があり、その2性が合わさり初めて人間の心というのです。

みなさんが神の世界をイメージする時に、そこには喜びや楽しみだけの世界だと思っているかもしれません。しかし実際はそうではないのです。
神の世界であっても苦しみや苦労があるのです。

ではなぜ、神の世界であってもそのような苦しみや苦労があるのでしょうか?

人間の魂、心情の成長=霊人の完成というものがどういったものかということが分かれば、答えは簡単なのです。

神は最高位の王座に座っていると言われますが、確かにそれも間違いではなく、神の王座と言われる場所に座していると考えることは決して間違いではありません。
しかし、神でさえもその座に位置するまでに多くの産みの苦しみを経験してきたのです。

神は人間を創造し、その人間に対してただ単に命令だけをしてきたと思われがちですが、決してそうではありません。
何も分からない無邪気な幼児を育てる親を考えてみてください。
立場は親でありますが、決して偉そうな状況ではないのです。
赤子はおしっこを漏らした時には、おしめを交換し、お腹が空いたと泣き出せば、お乳を飲ませます。
体を洗い、服を着せ、何から何まで赤子のために、寝る時間も奪われ、時には食事する時間すら無いこともあります。
その行為だけを見れば、母親はまるで赤子の奴隷のようです。
何が言いたいのかと言えば、愛とはそういう次元から始まるものだということで、偉そうにしているのが愛ではないのです。

さて次に人間の成長という話に戻りますが、人間は幼児の段階からどんどん大人になっていくのです。

人間には霊の心と肉の心があるという話をしましたが、肉の心は本能といわれる物だと考えてください。
この本能は生まれた時に備わっていて、それが後に身に付けていく知識や経験で、その機能が高まっていくのです。
ところがもう一つの霊の心(心情=魂)の成長は、経験とともに神の言霊によって高まっていくのです。
ここでは知識は不要です。

神の言霊というのは知識ではなく、愛そのものなのです。
その愛の波動と実際の人生経験の中から来る精神的な波動が共鳴しあって、霊の心が成長するというのが原理です。

さて、霊の心の成長と、愛とは奴隷のようなものだということと、人生体験、神の言霊。
この関係については、これから詳しく説明したいと思います。
なぜ神の世界にも苦しみや苦労があるのかということが分かると思います。

そこで人間の成長という話を繰り返しますが、まず人間は親から愛されることから始まるのです。
ところが人類においての最も根本的な、最も原因的な親と言えば、宇宙における神なのです。
その神がまず宇宙創造と人間を誕生させるまでに、計り知れないほどの産みの苦しみを通過しているのです。
人間を初め、万物全てが、その神から一方的に愛を与えられるところから始まったのです。
それは地球外生命体といわれている存在においても同じことです。
そうして、宇宙が誕生し、それから更に気の遠くなるような時間が経過し、ようやく最後の最後に人間が誕生したわけです。
ですから、人類の第一祖先においての親は神であり、その神から与えられた愛を基準に、子供としての親への愛が芽生えるのです。
そして更にその祖先において兄弟が誕生した時には、親の愛する兄弟に対しても自分が親を愛する心情で兄弟を愛するように自然となるのです。
ですが、まだ愛の基準は、未熟な段階です。しかし、人類の語る愛というものは、この愛にも満たないほどに未熟な愛なのです。
そんな未熟な愛の元に育つ子供は、兄弟姉妹を愛することが出来ず、社会を愛することが出来ず、伴侶を愛することが出来ない瀕死の状態です。

人間における愛の始まりは、子供が親を愛するという基準が基本原理です。
これを縦の愛という表現を使います。
もちろん宇宙的には神から始まるのですが、その愛も縦の愛です。
上から来る愛と下から上に向かう愛。
当然、上から下に向かう愛が大きいということですがこれも愛の原理です。

さて、もう一度言いますが、まず人間の心の中に芽生える愛は、親に対する愛なのです。
ここが基本で、これから将来大人になる過程でもっともっと成長する愛の基礎になります。
ということは、基礎がしっかり出来ていないビルディングは少しの災害で崩壊するということは言うまでもありません。
良いでしょうか?人間がまず初めに築く愛は、親に対する愛なのです。
そして親の愛は子供に対して犠牲であり、奴隷のようなものから始まっているのです。
神の中には父性的な愛と母性的な愛が共に調和して存在しています。

人間の堕落というものがなければ、人類の第一の先祖は、両親()の愛を全身に浴びて育ち、やがて成人するようになっていました。
成人した男性と女性は、共にまだ真の愛という基準からは未完成です。
今度は、兄弟愛ではなく、夫婦としての愛を身に付けていきます。
当然、その基礎となるのは親に対する絶対的な愛です。
親の願いの中に生き、親の喜びを自らの喜びとして生きる。
これが本来、人間が成長して成人するまでに到達すべき愛の基準になります。
決して親に反抗するという子供にはなりません。
その基準で育っていく子供は、学校においても社会においても、自分よりも目上の存在に対して、尊敬の念を持ち、先生に対しては親の代身としての師弟関係が結ばれるのです。
ですから、親の存在というものがどれほど重要であるか、子供が育つ家庭という環境がどれほど大切かということが分からなければなりません。

胎児はまずお母さんのお腹の中で聴覚が発達します。
まだ視覚の必要な外界ではない深海の中では、音を聞いて育っていきます。
もうこの段階から人間の成長。親との因縁が始まっています。
良い音楽を聞かせておけば良いという次元ではなく、お父さんの声、お母さんの声。
そこから愛の波動を感じ始めます。
ところが胎内にいる時に、お父さんとお母さんから愛の波動を感じることが出来なければ、もうこの段階で既に子供が大人になるための設計図が狂い始めていくのです。
本当に早く修正しなければならないのです。
ここでも言葉の重要性、言葉が言霊といわれている意味を知る必要があります。

 

 

 

 

 

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