第10章 イエスの本音

 

Jesus-Christ-Picture-3223

 

 

これから少しだけイエスさんから聞いた事を皆さんへお伝えします。

これは本当に夢の話でもなければ、空想の世界でもないのです。
聖書に関する誤解が多くあることや、2000年前に起こったことなどをお伝えしていきますが、「キリスト教会に嘆きの言葉」を語ったイエスさんの心情です。

「彼らは一体何を学んでいたのか?」
「聖書の中に真理があると思っているのか?」
「わたしが教えたことは一体何なのか?」
「それは愛の教え」
「わたしが十字架につく前夜、君達の足を洗ったのは何を意味していたのか?」
「わたしが君達に行ったように君達も互いに愛し合わなければならない」
「それが全てだ」
「わたしは命をかけて教えたつもりだ」
「正当な教会などない」
「わたしの教えた愛を実践することが大切だ」
「教会などなくても良い」
「わたしはまた来る」
「しかしわたしはどこの教会へも姿を現さないだろう」
「わたしは神の愛があふれているところに姿を現すからだ」
「悔い改めよ!天国は近づいた」
「今、必要なものは聖書の文字ではなく、愛の実践だ」

ここからはイエスさんが嘆きの言葉としてキリスト教会に送るメッセージです。

「今でいう旧約聖書は私を迎えるために神が準備したもの」
「聖書に真理があるのではなく、私の中に、神の中に真理がある」
「私の中に神があり、神の中に私があるといったのは、私が神であると言う言葉ではない」
「神が長い歴史を通じて準備したものを十字架という人類の無知がすべてを奪い去った」
「私は命をかけて神と人類を愛した」
「そしてキリスト教会が出発した」
「今でいう新約聖書は私を迎えるために神が準備したもの」
「聖書の中に真理があるのではなく、私の中に真理がある」
「聖書の文字に価値を見出すのではなく、どうしたら私が君達に出会えるかを求めなさい」
「私は誰にも愛されなかった」
「ただ、神とマグダラのマリアだけが唯一命をかけて私を愛してくれた」
「ユダヤ教会とキリスト教会は力を合わせて世界の混沌を収拾しなさい」
「私は常にあなた達と共にいるから」

「私は、この世に生まれて、成人するまで、孤独な人生だった」
「私は多くの苦痛を味わってきた」
「自然が私の友だった」
「私は酒におぼれた毎日を送っていた」
「誰も私が救世主だと思わなかった」
「洗礼ヨハネさえも私を疑った」
「彼は私を認めることが出来なかった」
「彼が私とともに歩んでいれば、あの時世界は一つになることが出来た」
「神は恐れていた」
「人間は救いの道を得ることが出来ないのではないか」
「神の恐れていたことが起こってしまった」
「私は命をささげなければならなくなった」
「十字架で死ぬことは神の予定ではなかった」
「人々が私を迎え入れることが出来るように数々の準備をした」
「人間が悟らなかったことが十字架への道を作り出した」
「私は孤独な幼少期を送った」
「誰も私を愛することがなかった」
「いつもおなかをすかしていた」
「そのような事実を今のキリスト教会は何も知らない」

「皆さんは、神に祈ることがたくさんあります」
「悪いことではありませんが、一度神の心を考えてみてください」
「この世の中で一番悲しみを深くもっておられる方は神ご自身です」
「愛する息子・娘を失ってから今日まで、再び神の理想をこの地に現そうと
 人類が成長してくれることを・・・人類が再び戻ってきてくれることを
 誰よりも何よりも願っておられます」
「神ご自身にも事情があります」
「皆さんは、神は何でも出来ると思っていると誤解しています」
「神であるが故に出来ないことがあるのです」
「神は人間にご自身のもっておられるある責任を与えられました」
「それを人間が果たすことを待っておられます」
「そのことには、神は干渉出来ないでいるのです」

「神の悲しみを知ってください」
「神のために人類が祈るようになるときに平和な世界が訪れるでしょう」
「その時、私があなたの中にあり、あなたが私の中にあることを知るでしょう」 

 

 

 

関連した理論記事